土曜の昼下がり、町おこしを担っているシュウマイ料理をメインとした屋台街は家族連れでかなり賑わっていた。
そこをドスドスドス…!
走る恐竜。
大勢の人々が「なにごとか?」と、屋台から出てきて見送った。
「わー!」「きゃー!」「おー!」
目の前を急ぎ足で駆け抜けていくティラノサウロスを見て人々が歓声を上げる。
悲鳴ではなく歓声。
恐竜一匹しかいないが、それはまるでパレードを見ているかのような、皆の笑顔、笑顔、笑顔…
尻尾の先、宙に浮かんだ大きなシュウマイ型のアドバルーンがあるおかげで、まさかこれが市民体育館で催されていたコミフェスの展示物であるとか、それが実はどういうわけか意志を宿してしまったために、いわゆる暴走してしまっているのだった、とは誰も思わないらしい。
どうやら誰かが仕掛けた新しいこのシュウマイ屋台街のどっきりイベント、新しい宣伝活動かと思われて皆喜び、携帯を取り出して写メる始末だ。
恐竜なう、という、つぶやきがツイッターのタイムラインを埋めていった。
携帯やらスマホを掲げて写メろうとして近づいてくる人々。
その後方上空。うずめがゆらゆらと揺れながら引っ張られて空を行くシュウマイバルーンから身を乗り出して、下を走るティラノサウロスを見る。
「しめじ、大丈夫かなぁ…」
しめじは恐竜の短い左の手に足をかけ、腕で大きな頭に掴まるようにして上手く立って耳元に時々なにか話しかけたり、また恐竜が吠えている声を聞いたりしている…ようだった。
微妙に遠い距離。
その先、ティラノサウロスに頭突きをくらってベコベコになっている大学生達の乗るバンが行く。
あえて速度を落として、ぎりぎり恐竜が追いつけないスピードでのろのろと走っている。
追いかけられながらも、恐竜の暴走がこれ以上あちこちにとっ散らかることがないように、コントロールしているのだ。
「ごめんね、うずめちゃん」うずめの隣、同じようにシュウマイバルーンの上に腹ばいになって寄り添ってきたヨモギちゃんがそう言った。
「え? どうして?」
「こんなことに巻き込んで…」
「ううん、いいの、だってちょうど良かったって思ってるくらいだもん」
「ちょうど良かった? どうして?」
「だって、私、カードマスターになりたてで、マスターってのがどんなものか、よくわかってなかったから…今日のこれですごくいろんなこと…わかった…でも、びっくりしたよ、ヨモギちゃんがカードマスターだったなんて!」
「私もびっくりしたよ…うずめちゃんが五人のファンタジスタドールのマスターだったなんて…」
うずめはエントリーという名の契約をし、それで自動的に五人のファンタジスタドールのマスターとなった。
けれどもヨモギちゃんのドールは黒髪ツインテの彼女、銀髪ツインテの彼女、それと後、今はカードになってあの恐竜に呑み込まれちゃってるピンクのツインテの彼女の三人だけらしい。
ドールは五人と決まっているわけではない。
そしてなにより…
この三人のヨモギちゃんのドールは、やはりヨモギちゃんの夢を叶えるために存在しているのだろう。
三人の一人が編集者、一人が作画のアシスタント、そして、もう一人が思いついたアイディアだったりストーリーだったりの相談役だと言っていた。
側にいるドール達の役割が、ずいぶんはっきりしているもんだな、と、うずめは思った。
だとしたら、自分のドール達と自分の関係はどうなんだろう。
ささらは、小明は、マドレーヌは、カティアは、しめじは、うずめの夢の実現のためにやってきた。それはわかっている。
で、ドール達みんなはそれぞれどんな役割を果たしてくれるんだろう?
大きなシュウマイのバルーンの上で、うずめは風に吹かれながら、そんなすぐにその答えなんて出ることはないのがわかってはいるし、今はそれどころじゃないこともわかってはいたが、ついついそんなことをふっと考えた。
うずめのドール達。
ささら、小明、マドレーヌ、カティア、そして、しめじ。
一人一人の個性はなんとなくわかってきた。でも、それでその五人が集まって、一つの目標…うずめの夢の実現へと向かって行っているのだろうか?
どう考えても、みんながみんなバラバラで好き勝手やっているようにしか思えないのは、うずめの気のせいだろうか?
こんなにとっ散らかってて、本当に良いんだろうか?
ちょっと不安になったりもする。
でも、と、うずめは思う。
うずめのそもそもの夢ってのは「誰かと…なんかうわーっとなったりしたい」というしごく曖昧なものであったのだ。
そんな夢のことをあれこれ考えていた時に、ささらが現れた。
「エントリーしますか?」
YES。
そして現れたドール達が、うずめのことを「マスター」と呼んでくれて、今、こうしてうずめの側に…このシュウマイの回りに四人、下を走る恐竜の頭の隣に一人居るのではないだろうか…
さらにそんな、うずめの隣にはさっき知り合った同じ年の漫画家でカードマスターでもあるヨモギちゃんが居る。彼女のドールも二人と一枚。
そうだ。
よくよく考えてみたら、このシュウマイの上にうずめが「誰か…」と思っていた仲間が自分の周りに…こんなに大勢、居るわけではないか。
これからどこに向かっていくのか? それは先を行く大学生達の車とティラノサウロスまかせだけれど、それでもみんな、今この瞬間だけは複数の誰かと一緒に「わーっ」となっているのは確かなことだ。
うずめの夢…
まだまだそれはきっと途中っていうか、始まったばかりっかもしれないけど。
とりあえずは、なんとなく形になってきているではないか…
「しめじーっ!」うずめはもう一度叫んでみる。
と、ようやくその声が届いたのか遙か下、しめじがこちらを振り向いた。
「!」
シュウマイの上から身を乗り出して下の様子をうかがっている、うずめとささら、小明、マドレーヌ達の姿に気づいたのだった。
「マスター! みんな!」しめじの口元がそう言っているように動いたのは見えるが、実際に声はこちらまでは届かない。
なんとかして話はできないものか?
「そうだ!」うずめは自分の携帯を取り出した。
ささらが言う「マスター、携帯でどうするつもり?」
うずめは隣でやはり下の様子を見ているヨモギに「ヨモギちゃんの携帯、いいかな?」と言った。ヨモギちゃんは、すぐにうずめの意図を理解し、自分の携帯を取り出す。
うずめの携帯に向けてまず互いのデータを交換し、スカイプ改V3を起動さる。
すぐにヨモギちゃんの携帯の液晶に、うずめの顔が、うずめの携帯の液晶にヨモギちゃんの顔が映った。
「なるほど」と、マドレーヌ。
ささらも納得して言った「その手があったか」
小明が「それ、私が投擲(とうてき)します」と手を差し出す。
うずめは「お願い…」とスカイプ改V3が立ち上がっている携帯を小明に渡す。
そして、うずめは下を走る恐竜の頭にしがみついている、しめじの名をさらに大声で呼んだ。
「しめじ~~!」
振り向くしめじ。
ささら達も「おーい!」「しめじー!」と声を出し手を振って、しめじの注意をこちらに惹きつける。
そこで小明がシュウマイバルーンの上に腹ばいのまま、腕だけ大きく振りかぶって、まるで塹壕から手榴弾を放り投げるかのようなモーションで、下へ、しめじへと携帯を投げた。
「ふん!」
恐竜の頭の左側にしがみついている、しめじもまた手を振って仲間のドール達の声援に応えようとした時、後方の上空に浮かぶシュウマイバルーンからキラリ☆と光る物が投げ出されたのに気づいた。
「あ!」それはこちらに向かって、キラ☆! キラ☆! と、時折、光を反射してきらめきながら正確に、しめじに向かって飛んでくる。
しめじは「あ、あ、あ…」と、声を発し片手でティラノサウロスの後頭部を掴み、片手で飛んでくる携帯をキャッチしようと懸命に手を伸ばした。
「あ、あ、あ…こっちこっち」しめじが思い切りのけぞる。
「ん…ん…大丈夫? いけるかぁ!」
そいてギリギリ、でもうまいこと、はっし! と、それをゲットすることができた。
「おし!」
そして、その携帯を覗き込む、しめじ。
シュウマイの上、うずめがヨモギの手にしている携帯の液晶を覗き込んでいるので、しめじが手にした携帯には、うずめの心配そうな顔が大写しになっていた。
「しめじ、大丈夫? 聞こえる? 私、うずめだよ」
「マスター!!!!」
意外と明るく元気な、しめじの声がすぐに聞こえた。
「どうしたの! しめじ!」と、ささら。
「大丈夫? みんな心配してるんだからぁ!」とカティア。
「マスターや皆に心配かけちゃダメでしょ」とマドレーヌ。
「大丈夫そうね、しめじ」と、小明。
うずめはドール達の皆に言いたいことをみんな言われてしまった感じで「で、で、どうなのかな…」と、一番最後にしかもボソボソと付け足しのように聞いたのだった。
「いや、それがね…」と、しめじは言った「なにから話したらいいのかな…」
つづく。