Special

Novel

アニメ「ファンタジスタドール」脚本家の1人である、じんのひろあき氏による、
ウェブ限定のオリジナルストーリーノベル!毎週更新中!

ファンタジスタドール
お砂糖とスパイスと何か素敵なもので女の子はできている

著:じんのひろあき
イラスト:Anmi

「グオがね…私にね、話しかけてきたの…最初は、一言一言……」
しめじが、ここまでの経緯を話してくれた。
ドスドスドスと、シュウマイの屋台街を走るティラノサウロスの頭の横に掴まったままで…
先頭を走るカソ研のバンは屋台街を抜けてしまうと、もう一度さらに裏路を通って再び屋台街の入り口へと向かう。
周回しながら様子を伺い何らかの対策を立てるために時間を稼ぐ。

そもそもはコミフェス。市の体育館の中はコミケ的というよりは、ゲームショウに近い派手に飾られた各々のブースが並んでいる。
企業がやっているゲームショウとちがうのはなにより手間と暇がたっぷりとかけられ自分の趣味、好きなモノに掛ける愛情に溢れている分一つ一つのブースがなんとも個性的だ。
その象徴ともいえる、一番奥のスペースに悠然と立つ一分の一の人造ティラノサウロス。
作ったのは東京東西工科大学の仮想現実化研究会。名前だけ聞いたらいったいなんの活動をどういうふうにやっているのか皆目見当もつかないようなサークルで、しかも驚くことにその恐竜の足元の回りに立てられている説明ボードによると、これは女子大生二名と男子大学生一名のたった三名による作品だった。
かなり本物に近い動きを再現した究極の一品モノ! とのことだったが、そもそも本物の恐竜の動きってのがわからないし、吠える声も、そのメインの攻撃能力である頭突きの威力も、尻尾のパない力! ってのもちょっと誰にも想像はつかなかった。
その足元で「ひょええぇぇぇぇ」しめじは反っくり返って見上げながら、そんな声を発して笑っていた。
リアルに作られた恐竜のザラっとした肌に触れ、さらにまたなにがおかしいのか「はははは…」と笑っていた。
「オマエハ…誰ダ?」
その時、上から声が聞こえた。
いつの間にか恐竜は起動していた。
「オマエハ…誰ダ?」もう一度、恐竜が聞く。
「私は、しめじ…」しめじはそう答えた。
「ボクは…ダレ?」
「んと…あなたは」しめじは横に掲げられているボードに書かれた恐竜の説明書を読み上げてあげる「ティラノサウロス…で、恐竜、作られた恐竜…」
「キョウリュウ…ソレハ何? …検索」
ティラノサウロスの首の後から下に垂れているコードは、そこからずっと床を這い外の駐車場へ。そこの片隅に停められている仮想現実化研究会のバンへと伸びている。
中に積んでいるメインコンピューターからティラノサウロスが必要な情報をダウンロードするのに掛かった時間は0・0000072秒。
とたんに恐竜の言葉ははっきりと鮮明な声となり、体をくねらせる動きもいきなり極めて滑らかとなった。
「グオ」と恐竜は、しめじに言った。
「グオ?」しめじが聞き返す。
「グオ、それが…ボクの名前」
「グオ! グオっていうんだ、君!」
「そう…らしい…ボクは恐竜…ボクはグオ…しめじは…しめじは何?」
「私は…ファンタジスタドールだよ」
「ファンタジスタドール?」
「そうだよ」
「ファンタジスタドールって、何?」
何? と、聞かれて、しめじは咄嗟になにから説明したものか、と、ちょっと答えに詰まってしまう「ファンタジスタドールっていうのは…」
ぐるるるる… グオは小さな唸り声を上げながら、思案して目をくりくりと動かしている、しめじをの顔をまじまじと見つめて答えを待つ。
「ファンタジスタドールってのは、マスターってのがいて…私のマスターは鵜野うずめちゃんっていうんだけど、そのマスターの夢を叶えてあげるんだ」
「マスター…」
「そうだよ」
「しめじのマスター…鵜野うずめ」
「うん、それはグオが覚えなくてもいい言葉かもしれないけど」
「グルル…グオには関係ない?」
「お! そうそう、関係ない関係ない。うずめちゃんは私のマスターだから」
「じゃあ…ボクのマスターは?」
「グオのマスター?」
「ボクのマスターはどこ?」
「え? え? えっとねえ…」
「マスターを探す…」
「え? なんで?」
「夢を叶えるため…」
「ん、ん…ちょっと待って…グオはいいんじゃないかな、マスターとか探さなくても?」
「…どうして?」
「ん…ん…だってね、グオは恐竜なんだから。ファンタジスタドールじゃないんだから」
「グオのマスターは…どこ?」
「いや、いやいやいや、グオ、話を聞こうよ」
「グオのマスターを捜しにいく、しめじは、どうする?」
「どうするって…」
グオは吠えた。
グオオオオオオ!
この時の声を聞いて、離れた場所でヨモギちゃんに似顔絵を描いてもらっていた、うずめが「なに?」立ち上がったのだった。

携帯の液晶画面に映る、しめじからここまでの事態を聞いたシュウマイの上の、うずめ達。
グオが体育館の外に出て、道でカソ研の車を目にし、その車に描かれた恐竜の姿を追いかけてきたあげく、執拗に頭突きを繰り返していたのは…
うずめが言った「グオは恐竜として、恐竜のマスターを捜してた、ってこと?」
携帯の中、しめじがトホホという顔で幾度も頷き「そうそう…そういうことなんですぅ」
ささらが言った「それで私達は逃げて、駐車場を上がってって…」
カティアが言った「その間も、ドンドン頭突きされちゃって…」
しめじが申し訳なさそうにさらに頷く「そうそう」
 ガン! ガン! ガン!
グオは姿勢を低くして、立体駐車場の天井に頭を擦らないようにしながらも「ねえ! ねえ!」とばかりに先を行くバンの後に頭突きを繰り出していった。
いくらグオの頭が頭突きが出来るように開発されているからといっても、その頭の側にしがみついている、しめじにその衝撃はもろに伝わる。
「うわっ! うわっ!」
ぐるるるる…
「グオ! グオ、ちょっと、ちょっと待って…グオ! グオ! だからね…いくら頭突きしても、それは車に描かれた画なんだよ…」
何度、しめじがそう言ってもグオにはまったく通じない。
そもそもカソ研のバンに描かれている恐竜は、それほどリアルなものではないし、どちらかというと記号に近いイラストではあるが、グオの目にはこれがいったいどんなふうに映っているのか? 平面か立体か? それすらも見極めることができないのか? グオの視覚は? センサーはどうなっているのか? しめじにはまったくわからなかった。
そして、駐車場の柵を突き抜け落下、というか飛び降りたグオ。尻尾にヨモギちゃんがワイヤーでシュウマイバルーンをくくりつけて、さらにその先をカソ研の車走って、グオが今まさにそれを追ってドスドスドスとシュウマイの屋台街のストリートを走っているところ、というわけだ。

「グオ! グオ! 聞こえる? 私、しめじのマスターの、うずめ、鵜野うずめです」
「グルル…マスター?」
それまでずっと、頭の横、耳の側でどんなに「グオ、ちょっと待って、ちょっと待って」と言ったところで、追跡の足を緩めることがなかったグオが、うずめの声に反応した。
しめじはグオの耳元に携帯を差し出して音がよく聞き取れるようにしてやる。
「グオにとって、しめじは何?」うずめの声。
「しめじは…何?」グオが答える。
「そう、しめじは…何?」
「しめじは…」
「グオが…起きてから、ずっと側にその、しめじって子がいるでしょ?」
「…いる」
「しめじは、グオにとって何?」
ドスドスドス…という恐竜の歩みがそこから急に緩やかになった。
ドス…ドス…ド…ス…
そして、ティラノサウロスは立ち止まった。
ちょうど屋台街の真ん中あたり。二週したところで、すでに「恐竜だ!」「恐竜だ!」と、両脇のシュウマイショップから人々が写メ撮りに現れ、子供達は歓声を上げて手を振り続けていた。
そんな回りの喧噪とは逆にグオは完全に沈黙しその頭の中は、うずめの唐突な質問で真っ白になっている…感じだった。
グオの目がギロリと自分の耳の側にしがみついている、しめじを見ようと動いたかと思うと、しめじに言った「しめじは何?」
しめじが言う「私はファンタジスタドール」
グオがその後を続ける「マスターうずめの望みを叶えてあげる」
そして、それに携帯の中から、うずめが続ける「それは、マスターである私と、しめじの話。グオ、あなたと、しめじはどうなの?」
グオが唸った「しめじは…なんだろう」
しめじが助け船を出す「友達って…グオ、わかる?」
「トモダチ?」
「そう、友達」
「…友達」
「マスターとか、ドールとかっていう関係じゃなくてね、グオと私は友達…ちょっと前に出会ったばかりだけど、友達っていうのが一番近い、一番合ってる」
グオは唸る「グルル…しめじは友達…」
しめじの顔に笑みが戻った「そうだよ、グオ」
グオは続けた「それで…グオは…友達にはなにをしてあげればいい?」
「なにもしなくてもいいよ…」
「でも…なにかしたい…ダメ?」
「ううん、ダメじゃないよ。友達のためになにかしてあげたいってことを思うのは…それはね、グオ」
「それは…なに? しめじ…」
「優しいっていうんだよ」
「優しい?」
「そう、グオは優しいんだ…」
「なにを…すれば、いい?」

ドスドスドス…というこれまでの歩みのリズムとは違う、ドドドドド…という音を立て、グオは急に駆け出した。
当然、その尻尾に巻き付けられたワイヤー、遙か上空、それまでぼんやりと浮かんでいた巨大なシュウマイ型のアドバルーンが勢いよく引きずられ、高度がいきなり下がっていく。
「わああああああぁぁ」しがみついている、うずめ達からまたしても、悲鳴があがる。
ドドドドド…
グオがダッシュ。
引っ張られた宙のシュウマイはあまりの勢いに地面スレスレまで降下していく。
うずめが悲鳴の間から携帯に向かって、しめじに向かって言った「ちょ! ちょ! ちょ! しめじ! しめじー! なにをグオに頼んだの? なんなのぉぉ!」
「きゃはははははははははは…」
いつの間にかしめじはグオの腕の中にいた。
そこで、しめじは笑い転げていた。
「ぎゃははははは…」
勢いよく走るグオにまるで引きずられるようになっているシュウマイ。時折地面をバルーンの一部が擦るほど…
その上にしがみつき振り落とされまいと必死の、うずめ達。
最初は「うひゃあああ!」と、悲鳴に近い声を上げてはいたが、すぐにそれに慣れてしまうと、先を行くグオの腕の中の、しめじと同じように、うずめも、ささら達もみな「きゃははは…」と笑い声をいつしか上げていた。
ドドドドドドドドド!
「きゃはははははははははは!」
ドドドドドドドドド!
「きゃははははははははは!」
うずめは今一度、しめじに聞く「なにを『して欲しい』って頼んだのぉ?」
笑いながら、しめじが答える「走って、って」
「走って?」ささらが聞き返す。
「そう! 走ってって、風がね、びゅーって吹くくらいに早く走ってくれる? って、ははははは…グオ、どこまで早く走れる? って。ははははは…」
ドドドドドドドドド!
グオは友達、しめじのお願い通りにMAXのスピードで駆け出したのだった。
恐竜はグオオオと唸り、女の子達の笑い声がふりまかれ、シュウマイが通り過ぎていくのを、道行く人は「何事か?」と、ただただ呆然と見送るだけだった。

そして…

うずめが手にしている携帯から聞こえていた、しめじの笑い声が不意に途切れた。
そして、その代わりに、しめじの緊迫した声が聞こえた「あ! グオ! どうしたの、グオ?」
「しめじ、どうしたの、しめじ!」うずめが携帯に向かって聞いた。
「グオの目が…」しめじは手にした携帯のカメラをグオの顔へと向けた。
こちらを覗き込むグオの目。
真っ赤だ!
心なしかグオが発する唸り声も弱々しく、痛々しい気がする。
グオが唸り声混じりにつぶやいた。

「充電…しないと…電気を…探さないと…しめじ…電池がなくなってきたよ…」

つづく。