うずめが見ているヨモギちゃんの携帯電話の液晶に突然グオの生みの親である男子大学生のドアップが飛び込んで来た。
「もしもし、うずめちゃん、聞こえる?」
「コンタさん!」うずめが驚いて身を引きながら言う。
「そうか、携帯と携帯で連絡を取り合ってたのか! 割り込み方がわかった! 状況もわかった、グオの電池がなくなってきたのか!」
うずめがそれに答えて言った「そうみたいなんです…」
グオが突然、猛然と駆け出したために先行していたはずのカソ研のバンはとっくの昔に追い越してしまっていて、後から追いかけて来てはいるのだろうが、うずめが振り返って見ても車の姿は見えない。
それでも、うずめと、しめじの携帯を画像付きのトランシーバーのように使ったやりとりを目撃した彼らは、そこに介入してきて、今のグオの様子を把握していたのだった。
「電池が残り九パーセントになると、充電することをグオは最優先するようにプログラムされてるんだ。これからどっかに電源を探し始めるはずだ」
その言葉通りグオは背を伸ばして、あちこちをゆっくりと見回したかと思うと再び歩き始めた。
ドスドスドス…
次第にグオは加速していく。
ドスドスドスドスドス…
すぐに交差点を曲がり、さらに曲がり、このあたりで一番大きな通りへと飛び出した。
そして、走る、走る…
さっきまで、同じようにスピードを上げて走っていた時は、しめじは「きゃははは…」と声を上げていたのだが、このグオの切迫した走りでは、楽しげに笑ってもいられなくなっていた。
グオの目は…いや、センサーが探し出したのは幅広い道路を占領するかのように赤い三角コーンが並べられた工事現場。
大きな看板には『地下鉄十八号線工事中 ご迷惑おかけいたします』の文字。
工事車両の間をすり抜けグオは進む。
そして、迷うことなく縦穴に向かって恐竜は身を躍らせた。
腕の中の、しめじが「わああああぁぁ」と、声をあげ、グオの尻尾から伸びたワイヤーの先、上空のシュウマイバルーンにしがみついていた、うずめ達も「ひゃああああ!」と叫び声を上げる。
穴は相当な深さがあった。
しかも、その縦坑の側に並んでいた工事車両の一部にバルーンとグオを繋いでいるワイヤーがひっかかったのだった。
グオに引きずられ一気に降下していったシュウマイバルーンの落下がドン! と、いう衝撃と共に停まった。
その遙か下、グオは尻尾にくくられたワイヤーに吊られるようにして、逆さになりながらも、さらなる下、電源があるところへ進もうとしてもがいていた。
グ、グルルルルル…
唸り声を上げて身もだえを繰り返す。
尻尾のワイヤーがプツン! と切れ、プツン、プツン!と、次々切れていく。
ズル…ズルズル…と壁面の土を擦り、人造皮膚の表面に幾つものかすり傷を作りながらもグオは下へ、下へと進む。
ズル、ズルズルズルズル…進もうとするティラノサウロス。
ティラノサウロスの尻尾に巻き付けられた最後のワイヤーがピン!と張り詰め、ギリギリ…と捻れたかと思うと、プツン! と切れた!
宙ぶらりんだった恐竜はさらに下へと落ちていく。
ドン! と、グオは着地した。
その腕の中、行く手の暗闇奥、さらに深く沈んでいく得体の知れない恐怖に、しめじはティラノサウロスの胸のあたりに手をやり、撫でて…すがるように掴もうとする。
と、その時、しめじの体にまず真横に光の筋が走った。
バチ!
すぐに、しめじの左の頬、右手の指先、左足の爪先に今度は短く太い光の帯!
バチ!
バチ!
バチ!バチ!バチ!…
その光の帯、しめじの輪郭にも浮かび上がり始める。
バチバチバチバチ!…
「あ、ああ…」
しめじの体、まとわりつくような光、光、光…
その光に包まれて、しめじは消えてながら、グオの顔を下から見上げている。
「有効範囲を越えてしまった…」しめじ達ファンタジスタドールはマスターである、うずめと離れ過ぎてしまうと、自動的にカードへと戻ってしまう。それを、グオに今説明してわかってくれるものか…
グオも光を発している腕の中のしめじを「?」なにが起きた、と見た。
消えていく…理由はわからないが、自分のうでの中からしめじが消えていく、ということだけは、恐竜にもわかったようだった。
グオの瞳が見開かれた。
機械の目ではあったが、それが驚いていることは、しめじにもわかった。
しめじはそのグオの瞳のことを忘れない、と思った。
今、この瞬間はきっと、自分の胸にいつまでも残る瞬間になるだろうと、感じた。
今現在が、この瞬間が、きっとかけがえのない思い出になるだろう、と。
それが今なのだ、と。
「グオ…ごめ…」言い終えるまえに、しめじの姿は目映く光った。
発光する、しめじの姿が映るヨモギの携帯をシュウマイに掴まっている、うずめ達全員が覗き込んでいた。
ささらが「戻ってくる、しめじはもう」と言った「ファンタジスタドールとマスターの距離が離れてしまったら、強制的にマニホールド空間に戻されちゃうから…」
うずめの手の中にある、しめじのカードが一瞬、紫に発光し、しめじがマニホールド空間に帰ってきたことを告げていた。
「天翔る星の輝きよ…時を越える水の煌めき…
今こそ無限星霜の摂理にもとづいて、その正しき姿をここに…あらわせ!」
そして「アウェイキング!」。
しめじが改めてカードから実体化し、うずめ達の目の前に現れた。
「しめじ!」「しめじーっ!」ドール達が一斉に取り囲む。ささらが前からマドレーヌが後ろから抱きつき、小明が頭をぽんぽんぽん、カティアがあちこちに頬をすりすりする。
仲間にそんなふうにもみくちゃにされながらも、しめじの目は申し訳なさそうに、うずめを見つめる。
しめじは手にしている携帯を、うずめへと差し出して「マスター、これ、ありがとうございました」と、今にも泣き出しそうな声で言った。
それを受け取り、うずめは言った「しめじが無事で本当に良かったよ」
「でも、グオが行っちゃったよ、マスター」しめじは言った。
「うん、わかってる」
しばらくすると、ここに来るまで、グオがひっちゃかめっちゃかにした道やら車やら並木やらガードレールやらを復元のカードを使って全て元通りにして来たヨモギたちがカソ研の車と共に戻ってきた。
コンビニの駐車場の片隅。
うずめ達は黙々とソフトクリームを舐めていた。
側にはティラノサウロスの頭突きをさんざんくらって、車体の横も後ろも天井もべこべこになっているカソ研のバン。
女子二名、男子一名の全部員が地下鉄工事の縦穴へと姿を消した恐竜をどうやって見つけ出すのか? という緊急ミーティングの最中だった。
地下鉄十八号線は東南線、十七号線が交差しているさらに下に新しく開通させるべく、工事が進められていて、そこにグオは姿を消したのだった。
うずめの隣に座っているヨモギちゃんが言った。
「このアイス、おいしいんだろうけど、今は全然味がしない」
「うん」うずめもそれに答えて「冷たいだけで、いつもみたいにおいしくない」
「ドールのカードをなくしちゃうなんて、私、マスター失格だ」
「なくしたわけじゃないよ、ヨモギちゃん」
「でも、どっか行っちゃった」
「地下鉄の中で見つかるよ」
「地下鉄のどこで?」
「それは…」うずめは言葉に詰まる「…わからないけど、この街の地下のどこかに恐竜は居て、その恐竜の中に、ヨモギちゃんの大切なカードはある」
「見つかるかな…」ヨモギのか細い声。
「見つけるんだよ、必ず」
「うずめちゃん…」
「うん?」
「ありがと」
「そんな…ありがとなんて言われるようなことはしてないよ、私」
「ううん、よくあるんだ私、自分がダメなんじゃないかって思って立ち止まったり、しゃがんじゃったりすることが」
「そんなの私だってしょっちゅうあるよ、本当だよ、けっこうあるよ、かなりあるよ」そんなにくり返して強調することでもないな、と思いながらもそれでも、うずめはヨモギに伝えたかった「まだ、終わってないよ、ヨモギちゃん、まだ私たちは全然、途中だよ」
「そう…だよね」
「とりあえず、立ち止まってもいいから、少ししたらまた歩きだそう、なにかしてみよう。考えつくことを、さ」
「ありがとう…いろいろ、ありがと」
うずめと、うずめのドール、そして、ヨモギとヨモギのドールたちは、またカソ研のバンの後ろに乗せてもらって駅へと向かった。
そして、そこで解散した。
必ず再会することを誓って…
つづく。