Special

Novel

アニメ「ファンタジスタドール」脚本家の1人である、じんのひろあき氏による、
ウェブ限定のオリジナルストーリーノベル!毎週更新中!

ファンタジスタドール
お砂糖とスパイスと何か素敵なもので女の子はできている

著:じんのひろあき
イラスト:Anmi

階段を下りて、お風呂場へ、みんな抜き足差し足。
よくよく考えたら、一度みんなをカードに戻して、お風呂場でまたアウェイキング、実体化すりゃよかったってもんだけど。
うずめがそんなことを考えるゆとりはまったくなかった。
そして、お風呂に着いたとたん「うひゃー、これかあ」「なんか小さいな」「ここにみんなで入れっていうの?」と、ドール達は好き勝手言い始める。
「静かにぃぃ!」うずめがまず湯船に入る。
「しめじがさきぃ~」
続いてマドレーヌが「わたくしも御一緒にやらせていただいてよろしいでしょうか?」
「ずる~い、カティアも!」
どんどん入ってくるけど、五人のドール+マスターうずめが家庭用の浴槽に入れるわけがない。
うずめは湯船の隅に押しやられ、ぎゅうぅぅと潰されて「狭すぎるから、誰か出て~ 苦しいよ~」と訴える。
それに対して、ささらが言った「みんな、マスターがそう言ってるから、ここはひとつジャンケンしようかね。負けたらここから出るとして」
ジャンケンと聞いて、うずめは嫌な予感がした。
生まれてこのかた一度も勝ったためしがないのだ。
ジャンケン以外の方法で…と言い出す間もなく、ささらは「はい、最初はグー!」
みんなも一斉に「ジャンケン、ポン!」
結果は…
言うまでもない。
うずめは浴槽の外へ出て「さ、寒いな…」とつぶやきながら、ドールたちみんなが湯船の中でキャッキャキャッキャとはしゃぐのを見ていなければならなかった。
そして、うずめは一人でぐちる。
「これでも、私はマスターなの? うまく言葉にできないけど、なんか違うことはわかる。ん~」
願いをかなえるためにやってきた。そう言ったファンタジスタドール達五人は今、湯船の中でまったりしている。
「それで、マスター、どうすればいいの?」
バスタブの中から、ささらが聞く。
「どうすれば、って…」うずめはシャワーを使ってちろちろと自分にお湯を掛けながら答えた。
「私達は願いをかなえる使者なんです」小明が人差し指で、うずめに狙いを定めて言った。
「そうだよ、マスター、これまで一人じゃできなかったこと、行けなかったところにもこれからは私達ドールがいるんだから、どんどんでかけて行ったりしよう」カティアにそう言われて、うずめは改めて考える。
これまで一人だから行けなかったところ?
とっさに思いつくのは…
隣の隣の市で週末に行われるコミフェス、だ。
それってどうなんだろう?
とりあえず、うずめは提案してみた。
たとえば、そういうのに一緒に行ってくれたりするものなのだろうか? と。
「コミフェスってなんですか?」マドレーヌが聞いた。
コミフェス、自分達が描いた漫画の即売を行うイベントのことだ。
真夏と年末に行われる最も有名なコミケってのがあるにはあるが、あまりにも有名すぎて、それはそれはとんでもないくらいの人が押し寄せてごった返す。
マンガ、アニメ好きの国民の祭典。
それがコミケ。
もちろん、そういうところに顔を出してはみたいと思うが、うずめ達のような街の普通の中高生がコミケ参りしたところで、もみくちゃにされるだけだろう。
どこに辿り着けばなにに巡り逢えるのかもよくわからない。
いや、辿り着く前に迷子になってしまう可能性の方が断然大きかったりするものだ。
コミケの会場の場内アナウンスで「お友達とはぐれた場合、ここで再会できる可能性はありません。一人で来たと思ってあきらめてください」というのがあると、うずめは聞いたことがある。
ならばというわけで隣の隣の街で、そんなマンガ、アニメ好きの同志達が集まって自分達で市の体育館を借りてミニミニコミケを運営するに至ったのだった。
それが、うずめが言うコミフェスというやつだった。
コミケよりもぜんぜん小さな規模で気軽に参加できて、コスプレして仲間を見つけるもよし、雑誌の即売だって、後ろに長い列があるわけでもなく、手にとってサークルの人達とちょっとお話もできたりする。
「らしいけど、それでもなんか私ひとりだとちょっと、行きづらくて…」と、うずめはとりあえずの『願いごと』をドール達に告白した。
「行きたいぃぃ、それぇ、楽しそうぅ!」ドール達の全員の声、お風呂場だからエコーがかかる。
開催されているのは明日の土曜、明後日の日曜の二日間のはず。
「明日、さっそくおでかけだ。早起きするよ」
ささらが仕切り始めた。
しめじが挙手して言った。「おやつはどうしますか?」
カティアも挙手して発言する「行く前にコンビニで調達するのがいいと思いまーす」
ささらと小明とマドレーヌが声を揃えて「賛成でーす」と挙手。
そしてドール達、うずめを見る。
五人に見つめられると、うずめも手を挙げなければならない。
「賛成…です」
と言わなければならないこのお風呂場のこの空気。
なんか違う…と、うずめは再び思った。

そしてまた、うずめ達は息を潜めてお風呂場から部屋へと戻る。
ドール達が現実空間で実体化していない時を過ごしている場所、それがマニホールド空間。
だが、今日はみんなそこに戻らず、うずめの部屋で全員が雑魚寝することになった。
もちろん、この部屋の主である、うずめがこれに賛成したわけではなかった。五人が寝るには狭すぎる。
だが、多数決ということになり、五対一という結果でこうなってしまったのだった。
しかも、だ。
さっきお風呂場では浴槽からはみ出してしまったが、今度はうずめは部屋のど真ん中、カティアとしめじに左右を頭の上に小明を占領されている。
「さあ、電気消すよ、おやすみー」ささらはマドレーヌと並んでベッドへと潜り込むと、あとの三人も「おやすみー」「おやすみなさい」「おやすみ」それっきり、あれだけ騒がしかった五人はいきなり静かになったのだった。
中央に寝ているのになぜか一番窮屈なポジションのうずめ。
身動きとれない部屋の真ん中。
それでも、うずめは小さな豆電球明かりを枕元に引き寄せて、今日、公園で習ったことを復習しはじめた。
ファンタジスタドールであるみんなを呼び出す方法はなんとなくわかった。
なんとなく、って言っていると、ささらが「もう完璧っていう言葉しか聞きたくない」って言うかもしれない。
「まあ、まあ、初めてなんですから」とマドレーヌはかばってくれるかもしれないけど、とも思う。
出会ってまだ一日。正確にいうと半日の彼女達、ドールだったが、今、こうしてあれこれ思い出したり、これからの事を想像したりしていると、不思議とみんなの声が、うずめの耳にリアルに響いてくる。
いつの間にか、うずめの胸の中にもう五人がしっかりと居る。
そんな感じだった。
うずめは手の中のカードを繰ってみる。
「トラップカードってのがわかんないな」
組み合わせて使うもの、らしいが、カードに書かれているワードがあまりにも断片的すぎて、それはいったいなにに使うものなのか、想像もつかない。
『ホッチキス』っていうカードはいったいなんなんだろう? 武器? 防具? まさか衣装? 『ホッチキス』って、ホッチキスでしょ、武器とか防具っていうよりも、文房具じゃないの? これで戦うのかなあ? あとは、『忘れな草』? 『コルク』?なんだ?『千日手』?『角砂糖』?『懐中電灯』?『ペットボトル』?『トウモロコシ畑』?『ゼンマイ仕掛け』?…
組み合わせれば思わぬ効果があるんだから。と、これもまた夕方、公園で小明が言ったことだ。
こちらの攻撃力を倍増させるカード、相手を一時的に眠らせるカードってのもあるらしいんだけど『ホッチキス』ってのはそのどれでもないんじゃないか、って気がする。
例として小明があげたのは『お豆腐』と『一円玉』のカードだった。
『お豆腐』と『一円玉』を組み合わせると、いったい何が起きるっていうんだ?
うずめの???だらけの表情を見てマドレーヌが助け船を出す。「いいですか、マスター、一円玉はこれ以上、細かく崩すことができないですよね」
「はい、一円玉は両替できません」
「それをお豆腐と組み合わせると、お豆腐でありながら、これ以上は絶対に崩れないという武器ができます」
「え? ええ?」
それは武器として使えるもんなんでしょうか?
「相手を傷つけないように攻撃する、立派な武器となる」小明が言い切った。
お豆腐で戦うというのが、うずめにははっきり言ってピンとこない。
「こんな大喜利の答えみたいな考え方、私にできるのかな…」
ドール達のすぅぅ…すぅぅ…という寝息の音に囲まれて、うずめはそんなことを悶々と考えているうちに…いつしか眠りに落ちた。

翌日。
快晴。
特急電車で1時間半。
コミフェスが行われている街、うずめは降り立った。
ドール達はまだ鞄の中だ。
会場への道は地図を見なくてもわかった。
買い物を終えたお兄さん達がポスターの束が突っ込まれた大きなキャラの描かれた紙袋を体の左右に下げ、さらにまたキャラの抱き枕を背負って次々と駅へと帰っていく。
その彼らの来る方向をたどれば、そこにコミフェスの会場はあるはずだった。
うずめの携帯にメールが着信。
『そろそろ、外にでても、いー頃でゎ しめじ』
ビルの間、自販機が並ぶ人の目がないところで、うずめはデバイスを取り出した。
「天翔る星の輝きよ。時を越える水晶の煌めきよ。
今こそ無限星霜の摂理にもとづいて、その正しき姿をここに…あらわせ!」

会場となっている市立体育館。
手前の駐車場が解放されていて、コスプレーヤー達の撮影会が行われていた。
「やってるやってる」見つけたカティアが走りだす。
ささらが止めるかと思いきや「待てぇい! カティア、私が一番乗りだ!」と後を追って駆け出した。
小明は無言でゴスっぽいスカートであることをものともせずにダッシュする。
「行きましょう、しめじ!」とマドレーヌもまた、しめじの手を引いて走り出した。
うずめもそうなるとついて走らなければならない。
走るのは、うずめはそんなに得意じゃないのだが、そんなことはこの際、言ってられないのだ。
ポーズを決めるスマホゲームのキャラクター、甲冑の騎士のコスプレの女子。
それは青いドラゴンを巡る冒険モノ。
灰色の西洋の幅広い剣と盾、鎧はもちろん、背には何でどうやって作ったのか、わからないトンボの羽根のようなものが八枚、宙に飛び出している。
とりまくカメラのお兄さん達の間を抜けて、うずめ達は進んだ。
体育館の入り口。
『コミフェス受付こちら』と書かれているテーブルに座る赤と青のお揃いのチャイナドレス、頭にお団子のお二人にあらかじめ携帯にダウンロードしてあった入場許可の紋章をかざしてみせる。
「お待ちしておりました、コミフェスにようこそ、どうぞ中へお進み下さい」
青いチャイナ姉さんが指し示したドアの前に立つのは執事のお兄さん。
十センチくらい底上げされたブーツに燕尾服、長髪青白ウイッグで「さあ、コミフェスへ」と、うずめ達をエスコートしてくれる。
うずめは執事コスの男子に手をとられるなんてされたことがないもんだから「え、あ、はい」ととまどって、必要以上におたおたしてしまう だが、ささら達は「失礼しまーす!」「こんにちは!」と、屈託なく体育館の中へと入っていく。
「あ、ま、待って!」後に続くうずめ。
青と赤のチャイナ姉さんの受付、執事に案内いう、どういう世界観でこのお祭りが成り立っているのか、よくわからなかったが、会場となっている体育館は…
さらにわからない!!!
ごっちゃごちゃだった。
天井近くまで無数の高く宙に浮かぶ様々なキャラクターのバルーンの数々。
自分達で作った雑誌をただ並べて売る地味な即売会をイメージしていた、うずめはあっけにとられた。
な、なんだこれは!
壁際にずらっと並ぶまるで企業が出店しているかのようなブースが並び、至る所に大きな液晶モニター、空中にプロジェクターで自主製作アニメが投影されている。
ゆらゆらと揺れて立つ巨大なバルーンのキャラ。
見たことのないボカロのキャラが歌うアップテンポの民謡が流れていて…
どれからなにを見ようか? と、立ち止まってしまっている、うずめの手をカティアが引っ張る「マスター、なにしてんの? こっちこっち!」そうして、ファンタジスタドールに手を引かれ、うずめは憧れのコミフェスの人混みの中へ…

つづく。