Special

Novel

アニメ「ファンタジスタドール」脚本家の1人である、じんのひろあき氏による、
ウェブ限定のオリジナルストーリーノベル!毎週更新中!

ファンタジスタドール
お砂糖とスパイスと何か素敵なもので女の子はできている

著:じんのひろあき
イラスト:Anmi

コミフェス会場。
バスケットボールのコートが六面取れるという巨大な体育館の中、本家のコミケに負けぬくらいの人、人、人に溢れ、ひしめきあっていた。
うずめはその中へカティアに腕を引かれて突入した。
しかし、ドール達がマスターである、うずめと一緒だったのはそこまでだった。
隣にいた小明が目ざとくサバイバルゲームのチームのブースを見つけて「ちょっと挨拶してくる」と離れた。
マドレーヌはというと、白衣をまとった学生に「お嬢さん、こちらへどうぞ」と招かれるのに、ついて行ってしまうし、しめじは会場の奥に居る大きな恐竜のディスプレイに向かって「なんだぁ、あれぇぇ!」と喜びの声を発しながら人をかき分けかき分け駆けていく。
ささらは…
ささらは一番先に別行動に移ったようで気がついた時には姿形もなかった。
手を引っぱってくれていたカティアの手が離れてしまうと大勢の人々の中で、うずめひとりぼっちになってしまった。
「ちょっと、ちょっと、みんな自由すぎない?」うずめは参加者の人々に揉まれながら、一人ぐちるがその声は散開したドール達の誰の耳にも届きはしない。
体育館の壁沿いにはぐるりと大きなブースが並び、いろんな団体さんが様々なものを出店している。創作アニメのサークル、ボカロのあんまんの販売『蒸してみた』、ボードゲームのユースト対戦、人狼シンガポール世界大会のエントリー受付、等々…
それでも中央のフロア部分はいかにもコミックマーケットみたいな感じで、ずらりと並べられた長机の上に自分達が発行した雑誌を平積みして即売にはげんでいた。
売り子さん達はそれぞれ、猫耳をつけたり、フリフリのエプロン姿だったり、ゴスだったりロリだったりと、みんなプチコスプレして笑顔で接客している。
恐る恐る雑誌の見本を覗き込む、うずめにみんなが優しく明るく挨拶してくれる。
「こんにちは! どうぞ、どうぞぉ!」
まるでファーストフードのハンバーガー屋さんの店頭のように明るい笑顔。
超、人見知りのうずめも、そんな売り子さん達の笑顔につられて、ちょっと微笑んで「こんにちは」と返してみたりする。
「見るだけただですよ」「こういうの好きなの?」「中学生さん?」初めて会う人達が、学校の友達のようでもなく、先生のようでもなく、もちろん、お母さんや妹と話す感じとも違う、すごく身近に思えるこの感覚が、うずめはとても不思議に思えたし、なんだか、さっきから気分がずっとウキウキしてきている。
その頃、小明はサバイバルゲームのチームのブースの店先に立っていた。
黒のゴス衣装の女の子が一人、展示してあるこのチームの通常兵器やら、ディスプレイに映し出されるナイトスコープで撮影された夜間の海辺の岩場での戦闘風景のビデオなどを「ふーん」といった顔で一瞥する。
そして、目の前のブースの案内担当らしき黒のグラサン、迷彩服フル装備のよく鍛えられた体の男が下げる自動小銃にふいに手を伸ばした。
なんだ?
男はすっと身を引く。
だが、小明は掴んだM4カービンライフルを手首のスナップを効かせて男から奪い取った。
「な! なにする! こらこら、返しなさい、女の子には危ないものだよ」
小明は「危ない? 大丈夫よ、だって、こうすれば、危なくないでしょ」と言ったかと思うと、その場で弾倉をジャキ! と音を立てて抜き取った。
本体にある二本のピンの一つをまず押し、反対側から引く。
ガシャ! 
と、音がしてアッパーとローワーレシーバーに長モノの銃は真ん中から二つに折れて上下に開く、さらに、もう一つのピンを同じように押して、引いた。
銃は前半分と後ろ半分に分かれ、ボトルキャリアーとチャージングハンドルを抜き取り、部品はそのまま床へとカラン! コロン! カラン! と落としていく。
一連の動作はあっという間。
小明の手にかかれば、わずか数秒だった。
「き、君はいったい…」
「名乗るほどの者じゃない、そっちにあるイングラムを触らせてもらってもいい?」
「バラバラにしなければ…」

しめじは会場の隅に立つ恐竜を見上げていた。
高さ八メートル、頭の先から尾の先までの全長は十六メートルとい堂々たる恐竜のディスプレイ。
その側には『AI搭載自走式実物大ティラノサウロス』という看板が掲げられている。
東京東西工科大学の仮想現実化研究会のブースだった。
ティラノサウロスは白亜紀の北米大陸に生息した肉食恐竜であった、と展示してあるパネルに書かれていた。
しめじは遙か上のティラノサウロスの頭をそっくり返って見上げながら「ひょええぇぇえ」と笑っていた。
そして、リアルな恐竜の皮膚に触れて「ははは」と笑う。
だが、そのしめじの笑みが急に止んだ。
恐竜の目が…こちらをギロリと睨んだ気がしたからだった。
それは、気のせいではなかった。
ティラノサウロスの首がゆっくりと下を向き、その瞳はしめじを捉えた。
ブースの中、この恐竜の制御を担当しているPCのモニター画面の中『AI起動』という赤い表示が点滅していることを誰一人、気づいてはいなかった。
恐竜は低い声を発した。
それは言葉だった。
「オマエハ…ダレ?」
「私はしめじ」
しめじは答えた。

マドレーヌは白衣の男にまた別のブースの中で薬指の大きさを測ってもらっていた。
「今、この場で貴女に指輪をプリントアウトしてさしあげます」
指輪をプリントアウト?  
マドレーヌはきょとんとしている。
指のサイズを入力し、刻みつける模様を指定すれば、それがすぐに立体、つまり本物の指輪としてその場で精製されるというのだ。
「ここに用意したプリンタは最新式の3Dプリンタでね。それを僕ら大国際大学夢追いプロジェクトがさらにカスタマイズしたんだ」
マドレーヌに声を掛けブースまで案内してきた白衣の大学生は普段からその白衣を愛用しているのか、胸元のポケットには筆記用具を詰め込めるだけ詰め込み、裾には無数の珈琲の染みがあった。しかし、風貌はといえば短く刈り上げた頭に黒ブチのメガネというバリバリ実験と研究と実験の日々こそがリア充であると言い切るであろう才能溢れる引きこもり系に見えた。
そして、側にある三十インチのディスプレイの中に幅三ミリの指輪にぐるりとカエルの指揮者による、カエルの交響楽団が演奏を続ける様が描かれた完成見本がゆっくりと回転している。
「素敵…」マドレーヌが思わずそんな言葉を漏らした。そして「こういう研究をいつもなさっているんですか?」と聞いた。
「本当はね、今日はもっと盛大なイベントを企画してたんだけどね。あれ、あるだろ」白衣の彼が指し示したのは、しめじが見上げているティラノサウロスだった「あれと同じものを僕らも造ったんだが、このコミフェスの倫理委員会から、危険すぎるから搬入させない、と言われたもんで」
「危険すぎる?」
「僕らが造った恐竜はね、体が銀色なんだ、金属が剥き出しでね。それで印象が悪かったんだと思う。あそこのティラノサウロスだって、皮をむけば同じなんだけどね」そして、彼は残念そうに付け加えた「奴と僕らの恐竜とを戦わせようって、話だったんだけどね、最初は…」

「マスター!」ささらの声、うずめが振り返った。
カティアも一緒に居て、二人とも画を持っている。
「どこ行ってたの!」という、うずめのちょっと怒った問いに二人が答えるはずもなく手にした画を、うずめに見せた。
似顔絵だった。
パソコンのお絵かきソフトで描いたものをプリントアウトしたのだろう。
特徴をとられていて、なかなかかわいく描けている。
今、会場の端の方で無料で似顔絵を描いてくれる人がいるらしいのだ。
ささらが自慢げに言う「いちおうプリントアウトしてもらったのがこれなんだけど、データでももらったから私達の部屋マニホールド空間に飾っておこうと思って」
ドールが生活している世界、彼女達の部屋、それがマニホールド空間。
 
「いいな、私も描いてもらいたいな」思わずうずめはつぶやいた。
「マスターは、きっとそう言うと思った」と、カティア。
うずめの前に二十五番です! と色鉛筆で手描きされた整理券が、ささらによって差し出された。
「整理券?」うずめは聞く。
「もらっておいたよ、マスターのためにね」
なんとも気が利くうずめのドールである。
うずめが「ありがとー」と礼を言うと、ささらは「マスターはほら、人が持っていると欲しがるんじゃないかなって思って」と言う。
さらにカティアは「そうそう、それで自分の分がないって言って、すねるんだよ」と追い打ちをかけるように言う。
「だよね、あははは」と、ささらが笑いだしたために、うずめはそれ以上、なにも言う気にはなれなかった。
しかし、黙っていたら黙っていたでカティアはさらに「マスター、いつもの三割増しくらいでかわいく描いてって言わないとだめだよ」と言い、ささらがまた「五割り増しでお願いしますって、言っておいた方がいいかも」と続ける。
そして、ささらとカティアは交互に「瞳を青で描いてもらえば? カラコン入れたみたいに」「ああ、カティア、それいいね。じゃあ、エクステをつけた感じで何本か髪の毛に色つけてもらうってのは?」「口元をキュートにするために、ちょっとアヒル口にしてください、ってのは」「ほっぺも少しほっそりさせてもらった方が…」
うずめが止めなければドール達、いや、ドールどもの言いたい放題はどこまでも、いつまでも続きそうだった。
「それでなに? どこに並べばいいの?」
整理券を手に、うずめは語気強く言った。 
ささらが指差す方へ向かおうとするうずめに、カティアが言った。
「そうそう、この絵師さんね、マスターと同じ年なんだって」
うずめはびびる「え? 私と同じ年で、こんなに画が上手いの?」
それだけじゃないよ、とささらが続けた「この前の別冊レインボーに読み切りで漫画家デビューしたんだって」
「デ、デ、デ、デビュー? じゃあ、もうプロの漫画家さんってことじゃない? すごーい!!!」
似顔絵の横にはカティアさんへ、白玉ぜんざい猫というサインが添えられている。
白玉ぜんざい猫。
それがペンネームなんだろう。

「ほんの少し、お時間をいただければ、新進気鋭の絵師でマンガ家である白玉ぜんざい猫先生が似顔絵を、なんと、なんと無料で描いてさしあげまーす!」
「描き上がったイラストはデータでもお渡しできますので、Twitterのアイコンなんかにご利用いただけますぅ!」
長蛇、とまではいかないまでも、似顔絵を描いてもらう列はけっこう人が並んでいた。ドール達が確保しておいてくれた整理券のおかげで、最後尾より前に割り込ませてもらえたが、それでも、白玉ぜんざい猫先生の前に辿り着くのは、まだまだ時間がかかりそうだった。
おとなしく待つか、と思った時、ウイッグだろうか、長い黒のツインテの女の子が列の前からこっちへと抱えたマンガを配りながらやってきた「こんにちは! これ、白玉ぜんざい猫先生のデビュー作が載っている別冊レインボーです、お待ちになっている間に、いかがでしょうか?」
「あ、ありがとうございます」うずめは渡された雑誌の表紙を見た。
白玉ぜんざい猫、読み切りデビュー作。
四十八ページ一挙掲載!
『飛ぶには小さすぎる背中の羽根について…』。
「おもしろいですよー、よかったら後で白玉先生に感想をお願いします」
これを私と同じ年の中学生の女の子が描いたんだ。
いったい、どんな子なんだろうと、列の先頭に居るであろう、白玉ぜんざい猫さんの姿をひと目、見ようと右から左から、つま先立ったりしてみて覗いてはみるものの、彼女は低い椅子に腰掛け、膝の上に大きなタブレットを広げて、側にあるモニターを見ながらペンタブをしゃっしゃか動かしているのでよく見えない。
でもまあ、順番がくれば、きっとね…と、うずめはそれまでの間、さっきの黒のツインテの女の子が手渡してくれた別冊レインボーのマンガを読んで待つことにした。
そこにさらに銀髪のツインテの女の子がやってきた「もう少々お待ちください、いちごポッキーはいかがですか? お一人様三本までサービスいたしておりますぅ!」
ぽりぽりぽりぽりぽり…
しゃがみ込んで、無料サービスのいちごポッキーを、リスがクルミの実の中身を食べるように、ぽりぽりしながら、うずめはマンガを読み始めた。
それは…
こんなマンガだった。

朝、陽が差し込む女の子の部屋。
目覚ましに起こされる主人公ヤヨイちゃん。
中学二年生。
「まだ寝ていたーい」とつぶやきながら「うーんっ」と伸びをする。「なんか肩が凝ってる、寝違えたかな?」。
壁に映るヤヨイのシルエット、両肩のあたりがこんもりと盛り上がっている。
「え? ええ? えええ? なに、これ?」
手で触ってみる。モフモフしている。
「え? ええ?」
そこに生えているのは羽根。
「これは…天使の羽根? 見たことはないけど…でも、たぶん、それだ!」
ヤヨイはちょっと肩のところに力を入れてみる。
パタパタパタ…と小刻みに羽ばたく。
もちろん、飛んだりできるほどの大きさではないから、そこだけがパタパタパタ…と動いているだけ、なのだが。
Tシャツをぐっと引き下げるようにして着て、羽根を押さえつけてなんとか目立たないようにしたヤヨイ。ドキドキしながら登校する……
 
うずめは、いちごポッキーを囓るのを忘れてページをめくっていた。

つづく。